2018年




ーーー6/5−−− コピー製作


 
以前テーブルや椅子をお納めしたお宅へ、改造の作業を頼まれて出向いた。作業が終わった後、新たな製作の話があった。昔から使ってきた子供椅子(学習机とセットで売られているようなもの)を見せられ、これと同じものを作って貰えないかという話である。ただし、孫の成長に合わせてということで、必要になるのは一年以上後になると言われた。現物を見たら、ありふれた子供椅子だった。単純な構造である。製作するとしても、技術的な問題は無いと思われた。

 私はこれまで、自分が設計したオリジナル家具しか作ってこなかった。ましてや、コピー製作などした事が無い。今となってみれば、はっきりとお断りすべきだったと思う。しかし、お客様はその椅子が気に入っており、現在では同じものは手に入らないので、作って欲しいと言われた。お馴染みのお客様のお役に立てるなら、一肌脱ごうという気が起きた。価格としては、量産家具のレベルを大幅に超えるわけにも行かないだろう。しかし、このように単純な構造なら、さほど手間も掛からないように思われた。そこで、二脚の製作を引き受けることにした。

 とりあえず、現物の寸法を詳細に測定した。スケッチを描いて、各部の寸法を記入し、曲面形状の部品は型も取った。これで、一年後に製作をする際の、準備は万端整ったと思った。

 一年ちょっと経って、お電話があり、製作を開始することになった。作り始めてすぐに、これは厄介な仕事を引き受けてしまったと後悔した。作ること自体に技術的な問題はないが、予想以上に時間が掛かるのである。

 椅子に限らず、新たなものを作る際には、やり方を考えながら進めなければならないが、それにけっこう時間が掛かるのである。オリジナル作品を新規に作る場合は、そういう開発的な部分もある程度考慮して、価格の設定をする。今回のケースでは、価格レベルがあらかじめ世間並みに押えられているから、そういう余裕は無い。それでも必要な作業を省くわけにはいかないから、時間はかかる。時間がかかるにつれ、赤字傾向が増大する。しかも、今回のケースでは、開発的な作業、例えば製作図面を描くというような事でも、今後同じものを作る可能性はゼロであるから、将来役に立つことも無い。従って、徒労感が倍増するのである。

 簡単な構造の量産品ということで、甘く見ていた部分があった。量産家具は、生産設備や道具を周到に準備し、短時間かつ省力で製造できるようになっている。その費用を、大量生産、大量販売で回収する仕組みである。我が工房のような、一品ものを作る生産体制とは、全く様相を異にする。私が1時間かけて行う加工を、量産工場では数分でやってしまうかもしれない。それは技術とか技能の差ではない。生産体制の差なのである。価格が低い品物は短時間で作れるはずだ、という想定は、完全な妄想である。そういう基本的な事を見落としたのは、ひとえに安価な商品を甘く見ていたからである。

 工房経営の視点からすれば大幅な赤字となった椅子が、それでも完成した。ご注文主のお宅へ持参した。お宅は車で20分ほどの所にある。

 お客様は椅子に座ると「やっぱり背もたれが真っ直ぐだと当たりますね」と言った。それを聞いて、私はギョッとした。「背板は曲がってましたっけ?」と聞くと、そうだと言う。モデルとなった椅子を出してもらった。背板は曲がって(上から見て)いた。私は平坦な板だと思い込んでいた。記録に残っているスケッチには、曲がりが表現されていなかった。椅子の背板を曲面にするのは、言わば常識である。しかし、安価な椅子の中には、平らな板を使うものもある。板を曲面にするには、それなりの手間がかかるからである。そのような先入観で、記録をする際に間違えたのであろう。

 コピー品を作るという注文だから、現物通りになっていないのは、明白なミスである。私は狼狽した。製作責任を全うするためには、作り変えねばならない。しかし、ここまででも赤字が嵩んでいるので、新規に作り直すのは無理である。そうなると、背板だけ付け替えるしかないが、それも面倒な、手間がかかる作業になるし、上手く行くかどうかも分らない。中古品の改造なら気安く出来るが、新品の製品だから、傷を付ければアウトである。私は思案した挙句、この案件は撤退させて頂きたいと申し入れた。

 しかし、お客様は「何とかなりませんか」と繰り返した。半ばヤケになっていた私だったが、お話をするうちにいくぶん冷静さを取り戻した。背板の付け替えを試みて、それが失敗したらご容赦願います、ということで話が着いた。モデルもお借りして、計三脚の椅子を軽トラに積んで工房に戻った。

 モデルの椅子をあらためて調べると、背板以外にも若干記録違いの部分があった。こうしてみると、何故製作を開始する前に、モデルを再確認しなかったのかと悔やまれた。せめて、一年前に寸法を取った際に、全体と各部の写真を撮っておけば良かった。あるいは、一年前の時点で、製作の時期が来たら全ての作業(寸法取りも含めて)を始めますと、先送りにすべきだった。モデルは常にお客様のお宅に有るのだから、それらの対処は可能だったはずだ。

 持ち帰った椅子の背板を切断して取り外した。なんともやるせない作業だった。その後の工程は、順調に進んだ。改造の方策を立案し、加工のための治具を作り、傷を防ぐための養生にも気を配った。背板は、積層合板のやり方で曲げ板を作った。椅子の背柱に溝を掘り、背板の両端にも溝を掘り、サネを介して背柱に背板を差し込んだ。加工は、寸分たがわず綺麗に納まった。我ながら上手く行ったものだと思った。

 改造が終わった椅子を、納入した。代金は当初のお見積り金額の通り請求した。お客様はその場で支払って下さった。心理的にとても消耗を感じた案件に、ようやく片が付いた。

 今回の仕事は、盛り沢山な反省点を残した。

 まず、コピーなどという仕事は、基本的に請けてはいけないということ。どうしてもやらなければならない場合は、モデルの価格に左右されること無く、独自に正当な金額を見積もること。お客様は、モデルと同じような金額で手に入るという想定で、製作を依頼する可能性もあると思う。コピー品の価格が高くなるなら、あっさり諦めるかも知れない。その程度のことであれば、無理をしてお付き合いをする必要は無い。

 そして、他者の仕事を甘く見てはいけないということ。商品として出回っている物は、たとえ安価な品物でも、専門的な生産手段で作られている。唐突な例えだが、事務用品の押しピンは、とても安価な物だが、それを自分でゼロから作ろうとしたら、どれだけの時間がかかるだろうか。安いのだから簡単に作れるというものではない。これは、今回のように、同じジャンル(木工家具)でも言えること。仕事のスタンスというものを、軽んじてはいけないのである。

 最後にひとこと。今回の失敗談は、全て私のミス、中途半端な取り組み姿勢に原因があった。お客様には一切非が無い。30年近くこの仕事を続けてきて、こんな素人じみたミスをしでかした自分が情けない。初心に帰れという上からの諭しであるなら、神妙に受け止めたい。




ーーー6/12−−− 軽口の愚


 大学アメフト部が試合中に反則行為をし、相手に怪我をさせた事件。ずいぶん大きく社会を騒がせることになった。渦中の監督は記者会見で「信じてもらえないと思うが、怪我をさせろと指示したことはない」と言っていた。なんだか不可解な言い回しである。しかし私にはなんとなく想像できる部分があった。

 恐らく日常的に、練習中あるいは試合中に、「ぶっつぶせ」、「ぶっこわせ」、あるいは、「相手が怪我でもすりゃあな」などという言葉が連発されていたのだろう。意図的に反則行為で相手を怪我させろ、と言うつもりは無かったのではないかと思う。つまり、軽口である。しかし、心理的に追い詰められていた選手は、その軽口を深刻に捉えてしまった。ということではあるまいか。

 だいぶ前だが、息子が少年ラグビーをやっていた時の事。県内で名の知れた強豪ラグビースクールがあった。その試合を見たことがある。試合中の監督の言動が、ひどかった。選手(小学生)に向かって大声で「もっとぶつかれ」、「お前なんかぶつかって死んでもいいんだ」、「お前なんか死んでしまえ」などという暴言を繰り返していた。いつもの事のようだったが、あまりにひどい物言いなので、その場に居合わせた関係者や父兄の間には、気まずい空気が流れた。

 もしラグビー少年が監督の言葉を深刻に受け止めて自殺でもしたら、どうだったか。監督は「信じてもらえないと思うが、本気で死ねと言ったことはない」と言っただろうか。力関係から見れば、まさかの言動を信じてしまう子供がいても不思議ではないと思うが。

 本気ではないが口から出てしまう言葉、つまり軽口である。しかも度が過ぎた軽口なのである。指導的な立場の者が、そのような軽口に耽っているのだ。なんとも情けない話である。しかも、それを咎めようとする者もいない。強権的な、露悪的な行為に対して、人はビビッてしまい、黙認してしまいがちなのである。

 その少年ラグビーの試合には、全国規模の社会奉仕団体の方々が来賓として招待されていた。初老の紳士たちが揃いのブレザーを着て、テントの下の席に並んで観戦していた。繰り返し発せられる監督の罵声を聞いて、紳士たちは顔を見合わせて苦笑していた。「おやおや、ずいぶん厳しい指導ですな」などと話している様子だった。しかし、暴言をたしなめる行動に出た人はいなかった。

 もっとも、人のことは言えない。私も黙っていたのだから。





ーーー6/19−−− アポロ宇宙船


 
教会の野外礼拝で、八ヶ岳自然文化園へ出掛けた。広々とした芝生の広場の木陰で、賛美歌を歌い、聖書を読み、説教を聞いた。すがすがしい晴天に恵まれ、素敵な祈りの時間を持つことができた。

 礼拝が終わった後の自由時間に、施設内にある自然観察科学館に入った。事前にネットで調べたところ、アポロ宇宙船の指令船の実機が展示されているとあったので、ぜひとも見たいと思った。

 私が今でも時々録画で観る映画に、「アポロ13」と「ゼロ・グラビティ」という宇宙ものがある。前者は約50年前に起きた実話に基づいたもの、後者はフィクションだが、いずれも宇宙空間でトラブルに見舞われた宇宙船を舞台にしている。搭乗員が、たいへんな苦難の果てに、無事帰還するという筋書きであるが、実にリアルであり、深刻であり、そしてラストは感動的である。そのアポロ宇宙船に触れることが出来るというので、ちょっとした興奮を覚えた。

 指令船は、思ったより小さめだった。こんな小さな円錐形の物体に、3名の飛行士が乗り込み、長さ100メートルの巨大なロケットで打ち上げられたのである。映画での打ち上げシーンが思い出された。ロケットが点火され、発射台から離れ、上昇して行くときの激しい振動の中で、飛行士たちが感じた不安は、いかばかりだったか。

 船内に入った。すごく狭かった。上向きに3ヶの座席があり、その一つには宇宙服を着た人形が横たわっていた。私も座席に着いてみた。上も下も横も、壁面は様々な形をした計器類とスイッチで埋め尽くされていた。操縦棹のようなものもあったが、それは姿勢制御に使うものだろう。これだけ多くの計器やスイッチを操作しなければならないとは、宇宙飛行士も大変だったろう。逆に言えば、これだけ多くの電子機器を使ってコントロールしなければ、宇宙空間を飛ぶことはできないのだ。この狭いスペースが、完全に現実離れした場所のように感じられた。

 宇宙船を飛ばす事が、人類にとって本当に意味があるのか否かは、疑問の余地があると思う。そういうことはさて置き、こういう最先端の装置を目の前にすると、感慨を禁じえないのは、元技術屋の性だろうか。こういうシロモノを開発し、実現させ、目的を達成した人々に対して、「凄いな」と正直に思う。その人々は、かつて人類が経験しなかった未知の分野にチャレンジすることに、大きな喜びとやり甲斐を抱いて取り組んだのであろう。そう思うと、羨ましくもある。

 皮肉な言い方をすれば、壮大な道楽である。道楽だから、人々を夢中にさせ、情熱を持って取り組ませるに値したのであろう。そしてその道楽を支える経済力が、当時の米国にはあったということだ。今ではもう、そのようなことは出来ない。月旅行は、過去の物語になってしまった。小さな宇宙船は、日本の田舎の片隅で、ひっそりとその物語を回想しているようだった。

 科学者や政治家の道楽だったとしても、原発のように負の遺産を残さない点では、まだ良かったかも知れない。福島の原発施設は、50年後にどのような姿になっており、どのような物語を回想するのだろうか。




ーーー6/26−−− マタギ勘定


 
以前、ストーブに使う薪を取りに行く集団に加わったことがあった。リンゴ農家などで、樹を処分することがある。そんな情報を入手して、現場へ出向き、チェーンソーで丸太を切断し、トラックに積んで持ち帰るのである。

 集団のリーダーは、手に入れた材を、メンバーに公平に分配した。作業における活躍の度合いには、おのずと差が出るものだが、そういう事には目をつぶって、平等に分けるのである。そのやり方を「マタギ勘定」と言った。

 マタギの集団は、ベテランも駆け出しも、役に立っている人も、そうでない人も、公平に獲物を分配するそうである。その理由は、活躍した人が多く貰うことにすると、手柄を狙って無理なことをする者が出る。そうなると危険であり、集団の秩序も乱れるということであった。

 それを聞いて、感心した。集団を維持する上での、高次元なルールであると感じたのである。一人は皆のために、皆は一人のために、という集団スポーツの精神に繋がるような気もした。

 ある時、地元のハンターにこの話をした。狩猟チームのリーダ−をしていた人である。獲物はやはり平等に分けるのかと聞いてみた。すると答えはこうだった。

 基本的には平等に分ける。それはマタギ勘定と同じ精神だ。しかし、あまりそれを徹底すると、活躍した人が面白くなくなってしまう。だから活躍した人の分け前には、少し多目に良い部分を入れたりする。つまり、色を付けてやる。それを、他のメンバーの気に障らないように、さりげなくやるのが、リーダーの腕の見せ所なのだそうである。






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